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私-三谷亨は、小さい時から体があまり丈夫な方ではなく、大きな病気はしたことありませんが、青白い顔でいわゆる虚弱体質で特に腸が弱く年中下痢をしていました。何回か大きな病院で検査もしましたが、特に異常はないとのことでした。中学・高校時代は、中高一貫教育の受験校だったため慢性的な睡眠不足と運動不足が重なり下痢症状は一層悪化し、毎日昼食後におなかがゴロゴロと鳴り出し下痢をしていました。大学生になってからは、精神的に開放されたおかげで毎日下痢することはなくなりましたが、滅多に食べられないお寿司や焼肉をこの時とばかり、いっぱい食べると必ず下痢をし又大好きなミカンやジュースも調子にのって少し多くおなかに入れると必ず下痢をしていました。
1983年に歯科医師になってからしばらくの間は、アメリカ至上主義的近代科学に裏打ちされた西洋医学的歯科治療にどっぷりと浸かり、歯、歯、と歯のことにしか興味がありませんでしたが(考えていませんでしたが)、1989年から市波治人先生の顎偏位症(咬合不全病)の研修会(3年間コース)に参加する様になってから、人間の体とか健康ということに興味が出てきて、市波先生のよく言われる“科学がいくら進歩しようと自然には絶対かなわない!自然をよく拝みなさい。そこに真理がある。”という教えに基づき現代西洋医学ではなく、東洋医学やヨーガや気功をはじめとするいわゆる民間療法的な健康法を自分の体を実験材料としていろいろと試しました。
市波先生の奨めもあり最初に試みたのが、西式健康法でした。 |
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■西式健康法の下痢体質を改善する方法として
●朝食をとらずに午前中は、生水を1回30-50mlずつ20〜30回に分けて1リットル飲むこと。
●金魚運動等を行い、腸の蠕動運動を活性化させる。 ...というものでした。
西式の食事法は、原則として昼と夜の2食で、日本の伝統食つまり動物性タンパク質はなるべく少なくし玄米菜食を中心とし(タンパク質も基本的には植物性タンパク質だけで十分)それらをよく噛んで食べるというものでした。私はもともと朝は食欲がありませんでしたが、健康のために無理矢理食べてましたし、食べるとすぐにおなかがゴロゴロと鳴ってましたので、朝食抜きというのは納得できましたが、生水を飲むというのはどう考えてもかえって下痢をするのでは?と思っていました。ダメもとで、またどうせやるならと徹底的に西式健康法を実践しました。ところが、一か月も経つと下痢症状はほとんど消失し、診療中にトイレに駆け込むということはなくなりました。六か月も経つと多少暴飲暴食をしてもほとんど下痢することはなくなりました。
西式の理論では、下痢しやすい体質の人は腸の消化吸収作用が弱く、夜食べた物が、翌朝まだ消化吸収されてないので、そこに朝食をとると消化吸収機能がパンクして、緊急避難策として下痢をひきおこし消化不良の食物を排泄させるというものです。そこで朝食はとらずに午前中は、生水を少量ずつとり胃腸を洗浄するとともに、金魚運動等をして蠕動運動を活性化し消化吸収を促進させるというものです。20年間悩まされ続けた下痢症からすっかり開放された私は、益々“人間の体と健康”というテーマにのめり込んでいきました。
西洋医学の進歩は目覚ましく、特に急性炎症や感染症・外傷には威力を発揮し、ひと昔前なら助からなかった病気や怪我でも治すことができる様になりました。しかし一方では、原因不明の新しい病気も出現してますし、成人病や慢性病にかかる人も増えています。それらの原因は、はっきりしませんがそんな中で合成洗剤や農薬・食品添加物等による複合汚染が大きなウェイトを占めるのではないかという説もあります。
そこで私は、健康な体を維持しなるべく成人病や慢性病にならない為に、食生活を中心に体に害のあるものはできるだけ排除していこうと思いました。自分ひとりでは、続けていくことはなかなか難しいので、市波先生の研修会の時の仲間たちが中心となって健康を考える会“身土不二の会”を結成しました。
会の目的は、現存するさまざまな健康法や健康食品等を各人がそれぞれ試して情報交換を行い、効果のあったものだけを各人の判断で取り入れてゆき自分流の健康法を確立していこうというものです。その結果、食生活は、桜沢如一が確立し日本よりも欧米でいちはやく普及したマクロビオテック(日本正食協会)による玄米正食主義にいきつきました。そして我々日本人の主食であり毎日食べるお米に徹底的にこだわった結果、自分たちでお米を作るまでになりました。また、様々な健康食品や健康グッズは、個人で買うより代理店になったりまとめて仕入れた方が安く買えるので、会員から要望の多い商品は、身土不二の会が代理店になったり一括仕入れをすることにしました。 |
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歯科医師である私が、どうしてここまでこだわって食生活を中心とする健康の会を主幹するのか不思議に思うかもしれませんが、大先輩の歯科医師であり日本歯科大学の創設者である中原市五郎先生は、食養道の啓蒙運動の一貫としてなんと昭和12年に小学生に対して食事指導を行ない虚弱体質と近視の改善に功を奏していたのであります。そして、中原先生は、『今までの医学は療育医学であり予防医学の方はあまり発達してない。病気をしてから治療をするのではなく病気にかからない様にすべきで、歯科医師は予防医学のリーダーとしてその責任を果たさなければならない。』と説き、また『歯科医師は食物の良否を鑑別する義務と責任を有す。』という持論を展開しました。私も中原先生の考えに感銘し、歯科医師は、歯を治療してよく噛める様に機能を回復するだけでなく、その後のリハビリも含めてどの様な食物をどの様に食べるべきかという食養生の指導まですべきであると考え、身土不二の会を主幹しているのであります。
長々と書きましたが、以上が身土不二の会の主旨であります。
皆様からの御意見をお待ちしております。 |
| ☆参考文献 |
| 身土不二を考える 島田彰夫 無明舎出版 |
| 食べることに自信をなくした日本人 島田 彰夫 芽ばえ社 |
| 原本・西式健康読本 西 勝造 農山漁村文化協会 |
| 中原市五郎の「日本食養道」 中原 泉 解説 風人社 |
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